列王二2章・エリシャをやじった子供が殺されたのは不当でしたか

「彼が道を上って行くと,その都市から出て来た小さい少年たちがいて,彼をやじりだし,彼に向かって,『はげ頭,上って行け! はげ頭,上って行け!』と言い続けた。ついに彼は後ろを振り返り,彼らを見て,エホバの名によって彼らの上に災いを呼び求めた。すると,森の中から二頭の雌熊が出て来て,彼らのうち,四十二人の子供たちを引き裂いた。」(列王第二2:23,24)



二頭の雌熊が子供たちを引き裂いたもっともな理由とは


ある人はエリシャが熊を使って子供たちを殺害したといって過度に残酷だと聖書の倫理性を非難します。エリシャをやじった子供が殺されたのは不当でしたか。このことについて考えてみましょう。


 まず、実際はエリシャが熊を使って子供たちを殺害したのではありません。エリシャがしたことは、エホバの名によって彼らの上に災いを呼び求めたに過ぎません。結果として42人の子供たちが熊に引き裂かれました。子供たちの中には死んでしまった子供たちも大勢いたでしょうし、けがですんだ子供もいたかもしれません。
 

そのことについて、聖書は述べていませんが、エリシャも人間です。自分が子供たちに対して災いを呼び求めた結果について驚いたことでしょう。そのことについて後悔もしたかもしれません。そこまでのことが起こるとはエリシャも考えなかったかもしれません。


後になってエリシャが敵の軍隊の兵士をサマリアでとりこにした時には、エリシャは敵の軍隊の兵士が死ぬのことのないように取り計らったことがありました。(列王第二6:22,23)このことは、エリシャは殺人を好む人ではないことを示しています。


しかし、エホバが多くの子供たちが殺されることを許されたのですから、それには十分の理由があったと考えられます。聖書は「彼らのうち、四十二人の子供たち」と述べて、エリシャをやじった子供たちの人数がもっと多かったことを示しています。エリシャはおよそ五十人か、それ以上の人数の子供たち、もしかしたら百人ほどの子供たちに取り囲まれてやじられていた可能性もあります。子供であっても、大人数であれば、その中のある者たちが石でも投げれば、エリシャは命でさえ危なかったことでしょう。


実際その当時はイスラエルではバアル崇拝や子牛崇拝などの偶像崇拝が国をあげて行われていました。エリシャの先駆者であったエリヤの時に、イスラエルの王の妻イゼベルによってエホバの預言者が断ち滅ぼされかかったことを聖書は示しています。(列王第一18:4)そして、エリヤは自分の命の危険を恐れてイスラエルの王から逃げることさえしていました。


エリシャをやじった子供の数が非常に大勢だったことは、エホバの預言者がその当時の一般のイスラエル人に憎まれていたことを示しています。その時、エリシャは預言者として任命されてからあまり時間が経っていなかったのですが、エリシャをやじる行ないがそのまま放任されていたら、状況は悪化して、エリシャは命が危険になっていたでしょう。


そして、エホバの崇拝の主要な擁護者のエリシャが殺されたなら、エホバの崇拝は根絶されてしまう危険があったかもしれません。当時イスラエルにおいてエホバの預言者は人数が少なかったのですから、エリシャが早く死ねば、その危険もあったでしょう。


また幼い時からエホバの預言者をののしっていれば、成長してかたくななバアル崇拝者になる可能性は高かったことでしょう。エリシャはバアル崇拝と戦うために任命されていました。(列王第一19:16〜18) 親がバアル崇拝を行なっていのですから、その子供たちも、バアルの崇拝者だった可能性はあるでしょう。さらに、エホバは望まれるなら、その時熊に殺された子供たちを復活させることができます。


それで、その当時エホバがエリシャをやじった子供たちが殺されることを許されたことには十分の理由がありました。


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