使徒11章・アンティオキア会衆は自主的に活動する


Antakya(Antioch),Hatay province Turkey.(antioch2)
昔はアンティオキアと言われた現代のアンタキヤ


「弟子たちが神慮によってクリスチャンと呼ばれたのは,アンティオキアが最初であった。」(使徒11:26)


エホバの証人は、エルサレム会衆の長老団が初期クリスチャンの間で尊重されていたことを、統治体が今日のエホバの証人全体を指導する根拠としてあげます。しかし、聖書を調べると、エルサレム会衆だけが初期クリスチャンの中心として機能していたわけではないことが分かります。


シリアのアンティオキア会衆は、エルサレム会衆よりも遅く設立されました。主にエルサレム会衆から派遣されたバルナバと、パウロの努力によって形作られたギリシャ語の会衆でした。(使徒11:20−22,25,26)アンティオキア会衆の人々が最初にクリスチャンと呼ばれました。アンティオキア会衆の記録を調べると、その会衆が、聖書に従って自主的に行動していたことが分かります。


聖書の記録を調べてみると、初期クリスチャンは、確かに会衆を組織し、会衆ごとに集まって励ましあっていました。(使徒11:26;15:32;19:9。ヘブライ10:25。コリント第一14:26,27)パウロは「エルサレムにいる使徒や年長者たちの決めた定めを守り行なうよう」励ましたと記録されており、初期クリスチャンは、エルサレム会衆の長老団の決定を尊重していました。(使徒16:4,5)


しかしながら、アンティオキア会衆も宣教を率先して行なっていました。パウロバルナバなどの宣教者を派遣したのはアンティオキア会衆でした。(使徒13:1−3) パウロは、エルサレム会衆の長老と言うよりも、アンティオキア会衆の長老でした。(使徒14:26)


そして、アンティオキア会衆のパウロエルサレム会衆のペテロたちと区域を分け合いました。(ガラテア2:9)ペテロは、ユダヤ人を対象に宣教活動を行い、パウロは、諸国民を対象に宣教を行ないました。アンティオキア会衆も神の導きのもとに自主的に宣教の拡大のために行動していました。



また、アンティオキア会衆のパウロは、エルサレム会衆のペテロを戒めることさえしました。(ガラテア2:14)また、パウロエルサレム会衆の長老の一部がモーセの律法が終わったことをなかなか受け入れられなかったので、長年に渡って聖書から論じました。(使徒21:20−24。ガラテア5:6。ローマ3:20−22)


ですから、アンティオキア会衆のパウロの権威は、エルサレム会衆の長老団の権威よりも劣っていませんでした。エルサレム会衆の油そそがれたクリスチャンが霊的食物を発信していただけでなく、アンティオキア会衆に所属していたパウロや、マルコ、ルカなども聖書を書いて霊的情報を発信していました。実際霊感を受けた聖書は、ペテロやヤコブなどのエルサレム会衆の長老団の手紙よりも、パウロの手紙の数の方が多くなっています。






Early Christians read Paul's letter. (paul18)
パウロの手紙は諸会衆で読まれました―アンティオキア会衆のパウロエルサレム会衆の長老たちに割礼について論じました―パウロの手紙の多くが聖書の一部になりました



                  


また、諸会衆の長老を、エルサレム会衆の長老団ではなく、パウロバルナバ、また、パウロから遣わされたテモテやテトスが任命しました。(使徒14:23。テトス1:5。テモテ第一3:1,10)


また、アンティオキア会衆は、ユダヤの会衆が物質的困難に陥った時、物質的援助さえ行ないました。(使徒11:27−30)それは、エルサレム会衆の指示があったからではありませんでした。


ですから、エルサレム会衆の長老団は、重んじられていたとは言え、エルサレム会衆の長老団は、初期クリスチャンの唯一の中心ではありませんでした。エルサレム会衆が一元的に全地のクリスチャン会衆を指導しているというわけではありませんでした。


とりわけアンティオキア会衆は、エルサレム会衆から独立して自主的に行動していました。そして、何よりも、聖書に第一に従うように努力していました。


それで、一世紀のクリスチャン会衆がどのように動いていたかを調べると、エホバの証人の統治体が全地の会衆を指導するというやり方は、必ずしも初期クリスチャン会衆の型に倣ったものだとは言えません。エホバの証人の統治体は、自分たち以外の油そそがれたクリスチャンが聖書に基づいた霊的情報を発信してそれがエホバに是認される可能性を認めるべきだと思います。(マタイ24:45)


エホバの証人の諸会衆の長老たちは、統治体の兄弟たちの指示に盲従するのではなく、油そそがれたクリスチャンすべての聖書の解釈に耳を傾け、実際にどの預言の解釈が成就しているかを見極めて、将来その預言の解釈が実際に実現していると判断するなら、聖書に基づいた論議に基づいて自主的に賢明に行動できると思います。


それで、私のブログの記事を読んで、その聖書的根拠を引き続き確かめていかれるようにお勧めします。