自然界を通して認められる創造者の人間に対する善意

 自然界はどのようにして存在するようになったのでしょうか。進化によってでしょうか。神によって創造されたのでしょうか。このことは、私たちの周囲に存在している生物や事物を観察すると自ずから明らかです。私たちは、周囲の自然界を通して創造者の人間に対する善意を認めることができます。


 例えば、私たちの健康を支える食物に野菜だけでなく、多くの種類の果物があります。身近な物にバナナ、イチゴ、ブドウ、リンゴ、パイナップル、キーウィ、ミカンなどがあります。



 それらの果物はそれぞれ色と味が違っていて私たちの食欲をそそります。バナナは黄色でソフトな食感があります。イチゴは赤色をしています。ブドウは紫色。リンゴは表面は赤か黄色か緑色です。パイナップルは黄色。少し甘ずっぱいです。キーウィは緑色か黄色をしています。みかんはオレンジ色です。 


それらの果物はどのようにしてそのようなさまざまな色に進化したのでしょうか。それらの果物がそれぞれ異なる私たちの食欲をそそる色をしているのはどうしてでしょうか。どうしてそれらの果物は、人間が食べておいしいと感じる味と香りをしているのでしょうか。




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果物がわたしたちがおいしそうな色で食べておいしい味をしているのはどうしてですか
―果物は進化したのですかそれとも神によってそのように創造されたのですか




 それらの果物は、自分たちで人間を喜ばせるために進化してさまざまな色を身に着けたのでしょうか。そういうことはあり得ないでしょう。果物が黄色や赤や紫や黄色や緑色などさまざまな色に変化して進化するどのような必然性があったでしょうか。果物は理性がないので、自分で変化することはできないでしょう。


 明らかにさまざまな果物には、人間男女に食事をする際に楽しませたいという創造者の意図が感じられます。果物の味はひとつではありません。神は果物がさまざまな味とさまざまな色であるように取り計らわれて、私たちが食べることに楽しみを得られるようにされました。これは創造者のサービスだと思います。


 聖書の中には、「ご自分は善いことを行なって,あなた方に天からの雨と実りの季節を与え,食物と楽しさとをもってあなた方の心を存分に満たされたのですから,決してご自身を証しのないままにしておかれたわけではありません」と述べられています。(使徒14:17)ですから、神は食物と楽しさとをもって人の心を存分に満たされました。食事を通して人間の心が楽しいようにするという神の意図が果物を通して認められます。 


 さらに、身近な例として人間のペットになる動物たちがいます。大変身近なペットはネコや犬でしょう。インコやオウムなどの鳥を飼う人もいるかもしれません。 


 私たちはネコを見て、かわいいと感じるかもしれませんし、かっこいいと感じるかもしれません。また、わたしたちはネコのさまざまな仕草を見てほほえましく思います。私たちはネコを抱きしめて楽しい思いをするでしょう。




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 どうして猫はかわいいのでしょうか。猫は人間がかわいいと感じるように進化するどのような必然性があったのでしょうか。進化にかわいさは必要でしょうか。かわいさは何も生活に必要なものではないでしょう。しかし、私たちはネコを見て、心がなごむ思いがします。


 明らかに、ネコは私たち人間の心をなごむようにさせるという神の意図が感じられます。猫はわたしたちの生活に面白味を増し加えます。進化は生活の面白味を考慮しないでしょう。しかし、エホバ神は考慮してくださったのです。


 また、私たちの心がなごむことがあるのは、イヌも同じです。イヌは人間の主人に普通忠節です。子供のいない夫婦にとって犬は子供の代わりの家族のようになって子供のいない寂しさを埋めることもあります。多くの犬は番犬として役立ちます。


 犬などのペットと一緒にいると人間の健康が増進することが知られています。ペットの存在は人間の感情的、身体的健康にプラスになります。どうして犬は人間の生活にそのように楽しさを増し加えたり、役立ったりするのでしょうか


 聖書は、最初の人間アダムは神の子であったと述べています。(ルカ3:38)神にとって人間は子供のような存在でした。動物はそうではありません。聖書は神は地球を人間が住むために造られたと述べています。(イザヤ45:18)ですから、創造者は人間のことを考えてイヌも創造されました。神は人間に対する忠節という人間の生活に役立つ特質を犬に与えました。


 他の動物に関してもそうしたことは言えます。例えば、オウムやインコの羽の美しい色は人間を楽しませます。進化は、オウムやインコが美しい色を持つようにはさせないでしょう。


 また、トラやライオン、ヒョウやチータなどの動物が存在することは、私たちの生活をより一層興味深くします。そうした動物が存在しないならば、私たちの生活の楽しみは減るでしょう。


 トラやライオン、ヒョウやチータなどが存在していることを楽しむのは何よりも人間でしょう。それで、それらの猛獣の存在を通して、人間の生活を興味深い楽しいものにしようとする創造者の意図が感じられます。




Arno Meintjes

TNS Sofres
人間は野獣の存在を楽しむことができるでしょう



 人間の親は、子供が誕生する時、さまざまな準備をするでしょう。ベビーベット、衣類、哺乳瓶、ミルク、おもちゃなどさまざまな物を赤ん坊の誕生に備えて準備をするでしょう。エホバ神も人間のために地球に同じような準備をしてくださったのです。




人間の親が子供のためにさまざまな物を準備するように・・・


ForestWander


エホバ神は地球上に人間が楽しめるものを数多く準備してくださったのです




 これらは自然界を通して表されている神の善意と愛のほんの一例です。自然界は人間を中心として存在しています。自然界は、人間をある場合は楽しませ、ある場合は益し、ある場合は人間の生活をさらに興味深くしています。単なる生存に必須のもの以上のものがあります。


 そのように、自然界が人間の生活を益しより一層幸福なものにするものとなっていることは、盲目的な進化によっては説明できません。


 こうしたことは盲目的な進化が決して起こらなかったこと、自然界は神によって人間のために創造されていることを証明してします。私たちは自然界に人間を益する物をたくさん創造してくださった創造者に感謝しましょう。その感謝を聖書を読むことによって、エホバ神に感謝を捧げることによつて表しましょう。