歴代第一15章・ウザに関わる問題から得られる教訓

「あなた方はレビ人の父たちの頭です。あなた方も,あなた方の兄弟たちも,身を神聖なものとしなさい。あなた方はイスラエルの神エホバの箱を,わたしがそのために用意した場所に運び上らなければなりません。 最初の時には,あなた方がしなかったために,わたしたちの神エホバはわたしたちに向かって憤激されたのです。これはわたしたちが[神]を慣例にしたがって求めなかったからです」(歴代第一15:12,13)


 ダビデは、ヘブロンで全イスラエルの王として油注がれた後、サウル王の時代には顧みられなかったエホバの契約の箱をキルヤト・エアリムから、エルサレムに運び上ろうとしました。(歴代第一13:3〜5)その時ダビデは、モーセの律法に規定された契約の箱を運ぶ正しい手順に従いませんでした。その時、契約の箱は、新しい車の上に載せられ、牛がその車を引いていました。そして、ウザとアフヨがその新しい車を導いていました。(歴代第一13:7)


 モーセの律法によれば、エホバの契約の箱は、レビ人が肩に担いで運ばなければなりませんでした。そして、レビ人は直接契約の箱に触れてはなりませんでした。(民数記4:15)モーセの律法では、契約の箱を移動させる時には、まず祭司が契約の箱に覆いをかぶせ、その後にレビ人がそれを運ぶことになっていました。


 しかし、その当時、契約の箱の移動手段について、正確な知識が失われていたのでしょう。しかも、ダビデは、契約の箱を運び上ろうとする時に、慣例に従ってエホバに問い尋ねることをしませんでした。


 それで、ダビデは間違った仕方で契約の箱を移動させていました。その時、牛が契約の箱をひっくりかえしそうになりました。そこで、ウザがまことの神の箱に手を出してそれを捕まえました。すると、エホバの怒りがウザに対して燃え盛り、その不敬な行為のためにウザは打ち殺されました。(歴代第一13:10)


 ダビデは、エホバがウザに向かって突如憤激されたために戸惑い怒りました。(サムエル第二6:8,9)


 しかし、ダビデの失敗には、二つの原因がありました。ダビデは、エホバの崇拝に関わる重大な事を行なう前に、エホバに問い尋ねる習慣を持っていました。けれども、神の箱を携え上るという重大なことを行なう前に、ダビデは慣例に従って、神に問い尋ねることをしませんでした。それで、神はダビデが、契約の箱を間違った方法で運ぶままにされました。それがダビデの失敗のひとつの原因です。


 そして、問い尋ねなかったために、ダビデは、モーセの律法と調和しない仕方でまことの神の箱を運ぼうとしました。エホバの崇拝に関する正確な知識に調和して行動しませんでした。それがダビデの失敗のもうひとつの原因です。


 ダビデは、契約の箱をエルサレムに二度目に運び上る時には、正しくレビ人に契約の箱を運ばせました。その時までに、モーセの律法の書を確認することが行なわれようです。そして、レビ人が契約の箱を担ぐべきこと、契約の箱に直接触れてはならないという聖書の記述を見いだしたのでしょう。それで、エホバの崇拝に関する正確な知識に調和して行動し、首尾よく、エルサレムにまことの神の箱を携えていくことができました。


 このことから、私たちも教訓を得られます。エホバの崇拝に関連して重大なことを行なおうとする場合は、いつもエホバに導きを祈り求めることが必要です。聖書時代のように直接エホバのお告げはありませんが、私たちが導きを絶えず祈るならば、エホバは聖霊によって私たちの思いを導いてくださるでしょう。(テサロニケ第一5:17)





 また、私たちは、エホバの崇拝に関して物事を行なう時に、聖書の正確な知識に調和して行なう必要があります。ですから、私たちは常に聖書を開いて聖書の正確な知識を確認する必要があります。(フィリピ1:9。コロサイ1:9,10。テサロニケ第一5:21)





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