ルカ18章・政治上の権威の人に繰り返しお願いする

「ある都市に,神への恐れを抱かず,人に敬意も持たないある裁き人がいました。ところが,その都市にひとりのやもめがいて,しきりに彼のもとに来ては,『わたしが自分の訴訟の相手に対して公正な裁きを得られるようにしてください』と言いました。さて,しばらくのあいだ彼は気がすすみませんでしたが,後になって自分に言いました,『わたしは神を恐れたり人を敬ったりするわけではないが,とにかく,このやもめが絶えずわたしを煩わすから,彼女が公正な裁きを得られるようにしてやろう。そうすれば,とことんまでやって来てわたしをこづきまわすようなことはないだろう。』」(ルカ18:2〜5) 


 イエスが常に祈る必要を示したたとえ話から、政治の権威の人と接する際のどんな知恵を学べますか。
その聖句では、あるやもめが神への怖れを抱かない裁き人のもとにしきりに行っては公正な裁きを得られるようにしてくださいとお願いした事が述べられています。神を恐れず人を敬うことのない裁き人は、最初は気が進みませんでした。後になって、とにかくやもめが絶えず煩わすから、彼女が公正な裁きを得られるようにしてやろうと言いました。そうすれば、とことんまでやって来てやもめからこづきまわされるようなことはないだろうと考えたと述べられています。


 このたとえ話は、直接的には、私たちがお祈りを辛抱強くすべきことを示しています。しかし、このたとえ話は、私たちが政治の権威の人と接する際の知恵も表わしています。


 それで、このたとえ話は不公正な扱いを受けていると考える人が、公正な扱いを受けたいと考えるなら、上位の権威に対して辛抱強くお願いすべきことを示しています。それは、神を認めない政府のもとでも、有効であることをたとえ話は示しているようです。さらに、それはやもめのような社会的に立場の低い人であっても有効でしょう。


 多くの国の自称クリスチャンは自分の思い通りに政治を動かしたいと思って、政府を転覆しようとして武力に訴える人もいます。けれども、イエスは「すべて剣を取る者は剣によって滅びる」と言われました。(マタイ26:52)ですから、武力に訴えるならば、自分の命も他の大勢の人たちの命も失ってしまって犠牲が大きくなるでしょう。


 それで、上位の権威の人に対して辛抱強くお願いするという聖書の示す方法は関係者すべてにとって穏便に済む犠牲の少ない効果的な方法だと言えます。