ダニエル9章・メシアの到来の時と使命は預言されていた

「あなたの民とあなたの聖なる都市に関して定められた七十週がある。これは,違犯を終結させ,罪を終わらせ,とがの贖いをし,定めのない時に至る義を携え入り,幻と預言者とに証印を押し,聖の聖なる所に油をそそぐためである。・・・エルサレムを修復して建て直せという言葉が発せられてから指導者であるメシアまでに,七週,そしてさらに六十二週があるであろう。・・・そして,その六十二週の後にメシアは断たれる。」(ダニエル9:24〜26)


 冒頭の聖句が示すように、メシアが到来する時と、メシアの果たす使命はダニエル書の中で預言されていました。その部分では、七十週の間に、エルサレムが再建され、メシアが現れて断たれることになっていました。


 エルサレムを修復して建て直せという言葉はいつ発せられたでしょうか。それは、西暦前455年、ペルシャのアルタクセルクセスの第20年のことです。その年に、ネヘミヤは王にエルサレムを建て直させてくださいますようにという願いを述べ、その願いは受けられました。(ネヘミヤ2:1,5)それで、七十週はその年に数え始められます。


 その年から、メシアまでは、七週と六十二週、つまり六十九週となります。預言的な時を算定する通則であるか「一年に対して一日」という原則を当てはめると、六十九週、483日は、483年になります。(民数記14:34)西暦前455年から483年経つと西暦29年になります。
そして、西暦29年の秋にイエスはバプテストのヨハネからバプテスマを受けられた後、天のエホバ神から聖霊をそそがれ、油そそがれた者メシアとなられました。(ルカ3:21,22)


 こうしてダニエルの預言は何世紀も前からメシアが到来する正確な年を指し示していました。西暦1世紀のユダヤ人は、おそらくダニエルの預言に基づいて計算を行なっていたためだと思われますが、メシアの出現に備えて注意を払っていました。


 聖書はこう伝えています。「さて、民は待ち設けており、またすべての者がヨハネに関し、『あるいは彼がキリストではなかろうか』と心の中で考えを巡らしていた。」(ルカ3:15)ヨハネは、西暦29年の春、つまりイエスバプテスマを受ける六ヶ月前に宣教を始めたと思われます。民はメシアを待ち設けていたので、ヨハネがメシアではないかと考えました。


 そして、ダニエル9章24節には、メシアの果たす使命が預言されていました。そこには、メシアが違反を終結させ、罪を終わらせ、とがの贖いをし、定めのない時に至る義を携え入れることが預言されています。またダニエル9章27節にも、「週の半ばに、彼は犠牲と供え物を絶えさせる。」ことが預言されていました。


 それで、メシアは断たれることにより、犠牲と供え物を特徴とするモーセの律法を廃することになっていました。(ローマ10:4)また、メシアは、アダムの代わりになって人類のための贖いとしてご自分の命を犠牲とされ、人類のとがの贖いをし、人類が永遠の命を得るための法的根拠を備えることになりました。(マタイ20:28。ヨハネ3:16)


 ダニエル9章26節には、「その六十二週の後にメシアは断たれる。」と預言されていました。それで、メシアの使命のひとつは、その命を犠牲として捧げることでした。
それは、いつでしょうか。ダニエル9章27節によると、メシアは、「週の半ば」に、「犠牲と供え物とを絶えさせる」ことになっていました。メシアは、六十九週年の終わりである西暦29年の秋に、登場しましたから、それから、七十周年の半ば、三年半の宣教の後、つまり、西暦33年の春に贖いの犠牲を供えられました。


 イエスも、このダニエルの預言をよくご存知でした。それで、イエスはご自分が人類のための贖いの犠牲として死ぬ時とその理由をよくご存知だったことが分かります。もちろん、イエスは天でのエホバ神との会話を覚えておられましたから、メシアとしての役割については聖書に記されているよりももっと多くのことを理解しておられました。


 イエスは抵抗しようと思えばそうできたのに、そうされずに自発的にご自分の命を贖いの犠牲として捧げてくださったことが分かります。(ヨハネ10:18)イエスの動機は、ご自分の弟子たちに対する大きな愛でした。(ヨハネ15:13)私たちは、イエスが大きな自己犠牲的な愛のゆえに、私たちに永遠の命の希望を備えて下さったことを感謝することができます。


 今年2010年は、3月30日火曜日の日没後に行なわれる主の記念式に出席して、その感謝を表わしましょう。