啓示6章・主の日に全地を駆け巡る青ざめた馬

「 また,彼が第四の封印を開いた時,わたしは,第四の生き物の声が,『来なさい!』と言うのを聞いた。そして,見ると,見よ,青ざめた馬がいた。」(啓示6:7)


 啓示6章では、子羊イエス・キリストが七つの封印で封印された巻き物を順々に開くと、白い馬、火のような色の馬、黒い馬、そして青ざめた馬が走り出します。


 最初に出てきた白い馬の乗り手には、冠が与えられます。これは、西暦1914年にイエスが天で神の王国の王権を与えられることを表わしています。白い馬に引き続いて登場する火のような色の馬、黒い馬、そして青ざめた馬は、イエスが天で王として臨在される主の日に、地上でどんな出来事が生じるかを示しています。


 火のような色の馬は、世界的な戦争、黒い馬は、商人の貪欲によって助長される飢きんを表わしていました。


 では、青ざめた馬とは何を表わしているでしょうか。青ざめた色とは、どんな色かということを示しているのは、苦難に直面しているイスラエル人に関する預言です。「我々はおののきの声を聞いた。怖れがあり,平安はない。・・・どうしてわたしは,すべての強健な男子が子を産むときの女のように腰に手をやるのを,またすべての顔が青ざめたのを見たのか。」(エレミヤ30:5,6)


 それで、青ざめるというのは、恐れや動揺や不安やおののき、出産の苦しみのような苦痛を感じていることを表わしています。ですから、青ざめた馬が世界中を走り回るというのは、人類の中に恐れや動揺や不安や大きな苦痛があることを表わしています。


 このことはは、イエスがご自分の王としての臨在のしるしとして次のように予告されたこととも調和しています。「また,太陽と月と星にしるしがあり,地上では,海のとどろきとその動揺のゆえに逃げ道を知らない諸国民の苦もんがあるでしょう。 同時に人々は,人の住む地に臨もうとする事柄への恐れと予想から気を失います。」(ルカ21:25,26)


 人類は将来に対するさまざまな恐れに捕らわれてきました。その中には核戦争が起きて人類が滅びてしまうという恐れや、地球の環境破壊や汚染に対する恐れなどがあるでしょう。また、その恐れには、生活に直接影響する戦争や食糧不足に対する恐れもあるでしょう。


 また、啓示の預言は、青ざめた馬に乗っている者や、そのすぐあとに従っている者についても、説明しています。「それに乗っている者には“死”という名があった。そして,ハデスが彼のすぐあとに従っていた。」(啓示6:8)青ざめた馬に乗っている騎手には“死”という名がありました。そしてその馬のすぐ後に、ハデスつまり墓がついてきていました。


 人類はとりわけ直面している死に対する恐れや予想によって動揺するでしょう。 ダビデも邪悪な者の加える圧迫のゆえに「死の恐れがわたしに降り懸かりました」と述べたことがありました。(詩篇55:3)それで神の民もやはり死に対する恐れに捕らわれることがあります。しかし、とりわけ神に信仰を持たない人々は直面している死に対する恐れに動揺や大きな苦痛を感じるでしょう。


 青ざめた馬のすぐ後には、ハデスが従っていました。その意味については次回また詳しく取り上げましょう。


 イエスが第一の封印から第四の封印を開くとケルブの招待に応じて白い馬、赤い馬、黒い馬、青ざめた馬が出てきました。それで、西暦1914年にイエスが天で王として即位して以来、悪魔サタンや人間によって引き起こされた戦争や食糧不足が全地で起こり、人類の中に恐れや動揺や不安や大きな苦痛が生じ、全地の多くの人が命を失いました。


 このことは、神を無視した人間の支配がいかに悲惨な結果をもたらすかを示しています。主の日は人間の支配のもたらす弊害が強調されてきました。主の日に、伝道の書8章9節の、「人が人を支配してこれに害を及ぼした」という言葉がかつてなく強調されてきました。


 今日、私たちが人間の支配の将来に対して恐れや不安や苦痛を感じているということは、悪魔サタンと人間の支配がいかに、人間を幸福にする上で失敗してきたかを示しています。私たちは今、真の希望をもたらすものとして、三頭の馬の先頭を走っておられるイエス・キリストに希望を抱くべきだと言えます。今は、どんな時にも増して、聖書を研究して、エホバ神とイエス・キリストの知識を取り入れるべきだと言えます。(ヨハネ17:3)


 火のような色の馬と、黒い馬について、また西暦1914年をどのように算定するかについても、ブログの記事をご参照ください。


主の日に全地を駆け巡る青ざめた馬