エレミヤ哀歌3章・神の民の存続はエホバの愛ある親切の行為

「わたしたちが終わりに至らなかったのは、エホバの愛ある親切の行為です。その憐れみは決して終わりにいたることがないからです。」(エレミヤ哀歌3:22)


エレミヤは、その哀歌の中で、彼の時代にバビロンがユダを攻撃した時に、イスラエル人が全滅してしまわなかったことを、エホバの愛ある親切の行為として讃えています。エホバは過去にどのようにご自分の民を存続させたでしょうか。エホバは今日においてどのようにご自分の民に対して愛ある親切を表されるでしょうか。


その当時、バビロンは、エホバの刑執行者として行動し、ユダとエルサレムを滅ぼしましたが、イスラエル人は全滅したわけではありませんでした。バビロニア人は、剣を逃れた多くのイスラエル人をとりことしてバビロンに連れて行きました。それで、ダニエルやエゼキエルに代表される人々は、バビロンでエホバへの崇拝を忠実に保持するように努めることができました。


西暦前617年、ネブカドネザルの第8年に、ネブカドネザルエルサレムに攻めて来て、エホヤキン王とその母、それにエゼキエル、ダニエル、ハナニヤ、ミシャエル、およびアザリヤなどの人々を含め、住民のうちの上層階級の人々を連れ去りました。(列王第二24:11,12,14-16。エゼキエル1:1,2。ダニエル1:1,2,6。エレミヤ52:28)



Daniel, as a captive of Babylonian soldiers, faced a long and difficult march to a new land. The 500-mile trek, under harsh conditions.
ダニエルはユダからバビロンまで移動した


ダニエルとその友は長い距離を移動してバビロンで生き続けることができた


さらに、バビロンへの流刑は何度も行なわれました。バビロンの王ネブカドネザルの第18年と第23年にも行なわれました。(エレミヤ52:29,30)ネブカドネザルの第18年は、西暦前607年で、その時、ネブカドネザルはゼデキヤのもとにあったエルサレムを攻囲し、陥落させ、とりこをバビロンに連れて行きました。


また、エレミヤやバルクなどの忠実な人々も、バビロンによるエルサレムの滅びを生き残りました。他にも、バビロンの剣を逃れた人たちがいました。「わたしは彼ら[の中]からわずかな者を,剣,飢きん,そして疫病から残す」と述べられていますから、バビロンによる滅びを生き残った者たちがいました。(エゼキエル12:16)

また、聖書はカルデア人バビロニア人)に、降伏する者は、「生きつづけ(る)」と述べていました。(エレミヤ38:2)エルサレムが攻囲されていた期間中、バビロンに投降して生き続けた人たちもいたことでしょう。それは、エホバの愛ある親切と憐れみの反映でした。


バビロンに連れ去られたイスラエル人の子孫は、ユダの七十年の荒廃の後、悔い改めた民として故国に戻りエホバの崇拝を復興することができました。それで、神の民の地理的移動により、エホバへの崇拝の存続が図られました。


同じことが、終わりの時にも生じるでしょう。大いなるバビロンの人々も、緋色の野獣の攻撃の時に、すべて絶滅してしまうように見えることでしょう。(啓示17:16)また、大いなるバビロンの外にいる神の民も、諸国民による迫害のために絶滅してしまうように見えるかもしれません。(マタイ24:9)しかし、エホバは、ご自分の民が全滅してご自分への崇拝が地上から一掃されてしまわないように取り計らわれるでしょう。


大いなるバビロンの中にいる神の民は、エホバ神が大いなるバビロンを裁かれようとしていることを見分け、彼女と共に滅びてしまわないように、彼女から出てくることでしょう。(啓示18:4)



FedEx at Los Angeles International Airport by Moto@Club4AG
大いなるバビロンを出て生き永らえることができる


また、全地の神の民は、緋色の野獣の大いなるバビロンに対する総攻撃によって生じる大患難から自らの身を守るために、イエスの助言に従って山や田舎に逃れるでしょう。(マタイ24:15,16,21)



Rooftop Garden 2 by garryknight
山や田舎の家の屋上にとどまって大患難を生き延びることができる


そのために、神の民は全地で生じている迫害からも守られるでしょう。そのようにして、全地にいる神の民は個人的には迫害で命を失う人々もいるかもしれませんが、全体的には、大患難を保護されて生き延びるでしょう。(啓示7:14)


このようにして、エホバは昔ご自分の民を地理的移動によって存続させたように、大患難の時にも、多くの場合、ご自分の民を地理的移動によって存続させるでしょう。このことは、エホバのご自分の民に対する愛ある親切と憐れみの表明だと言えることでしょう。神の民は、大患難を生き残った後、エホバに対する感謝を全地で証しをすることによって表明することでしょう。(啓示7:9,10,14)


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