詩編115編・偶像は何もできないが神は賛美者たちを増加させられる


  詩編115編には、偶像や死者がなにもできないことが説明されています。一方、生ける神エホバは、ご自分を賛美する民に増加をもたらしてくださいます。神の民の増加は、神が存在しておられること、その方が地上の世界で生きて活動しておられることを証明しています。


 諸国民は偶像を崇拝しています。彼らの偶像は、銀や金でできており、「地の人の手の業」です。偶像は、「口はあっても、話すことはでき(ません。)」 「目はあっても、見ることはでき(ません。)」「耳はあっても、聞くことはでき(ません。)」「鼻はあっても、かぐことはでき(ません。)」(詩編115:4-6)




Awkana Buddha Statue by Mkularatne(buddhastatue)
偶像は口をきけず目は見えず耳は聞こえず鼻はかぐことはできません



 「手を持ってはいても、触ることはできません。」「足を持ってはいても、歩くことはできません。」「のどを使って声を出すわけでもありません。」「これを作る者たちは」「すべて偶像に依り頼んでいる者たちは」この偶像とまさしく「同じようになります。」(詩編115:7,8)




Church of the Virgin del Consuelo, Altea by archangel 12 (mary3)



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偶像は手で触ることはできず足で歩けず声を出せません




 つまり、偶像に頼る人たちは、偶像と同じように何もできません。偶像に助けを呼び求めても、偶像は何もしてくれないからです。偶像に頼る人たちのその信仰は無駄になります。


 危機に直面する時、ある人々は、偶像に助けを請い求めるかもしれません。例えば、大患難が生じる時、偶像崇拝者たちは、自分たちの救いを偶像に祈願するかもしれません。しかし、偶像は、何もできないので、それらの偶像崇拝者たちは無為に命を失ってしまうだけでしょう。そして、偶像崇拝者たちは偶像に対する信仰を失ってしまうでしょう。


 それで、聖書は、大患難の時、人々が洞窟に偶像を投げ捨てることが予告されています。イザヤ書には、次のような預言があります。


 「無価値な神々は完全に過ぎ去る。そして,[神]が立ち上がって地が衝撃を受けるとき、人々はエホバの怖ろしさゆえに,またその光輝ある優越性から,岩の洞くつや塵の中に入る。その日,地の人は,その前で身をかがめるために人々が自分に造ってくれた,銀の無価値な神々や金の無価値な神々を,とがりねずみや,こうもりに向かって投げ出すであろう。」(イザヤ2:18-20)


 当然、大患難の時に、人々は北の王と南の王の世界的な戦闘が起こるのを見て、現実に、洞窟や、土の塵の中の穴に避難するかもしれません。その時、人々は岩の洞くつのこうもりに向かって偶像を捨てるでしょう。




The Hindu God Vishnu LACMA M.80.6.2 (1 of 2) by Fæ (goldengod1)



Ganesha - Indian Hindu Deity – Bronze by Natesh Ramasamy (statue2)



bat cave by ThroughKiksLens (cavebat2)
大患難の時に人々はこうもりのいる洞くつに避難するかもしれません

大患難の時人々は金銀の無価値な神々を洞くつのこうもりに向かって投げ捨てるでしょう



 しかし、人々が避難するこの「岩」は比ゆ的な意味の「岩」かもしれません。詩編の中で、エホバ神は、「岩」と呼ばれており、人はエホバ神のもとに避難できます。(詩編18:2)それで、大患難の前に非常に大勢の人が保護を求めてエホバ神の組織に頼ってくるかもしれません。その時、当然、その避難所に入り込むための条件として、持っている偶像を捨て去ることが求められるでしょう。


 また、詩編115編には、死者がヤハを賛美しないことが述べられています。ですから、死者は、偶像と同じで何もすることができません。(詩編115:17)


 しかし、詩編115編14節は、エホバはあなた方に「増加をもたらされる」と述べられています。そして、聖書によると、大患難の後には、数の数えきれない国際的な大群衆の神の奉仕者が存在することが予告されています。(啓示7:9,10,15)ですから、大患難に至る聖書の預言の解明がなされる時、人々は、聖書の預言の成就を見て、増加していくことが予想できます。






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聖書は大患難の後に神の賛美者が数えきれない大群衆になることを預言しています





 さらに、イエスは、大患難について言及された時、「その日が短くされないとすれば、肉なる者はだれも救われないでしょう。しかし、選ばれた者たちのゆえに、その日は短くされるのです。」と言われました。(マタイ24:22)大患難がどんな方法で短くなるのかは、今は分かりませんが、大患難は選ばれた者たちの努力のゆえに短くされます。それゆえにも、国際的な大群衆が生き残る道が開かれます。


 ですから、人々は神の民が大患難が起きないように努力を払っていること、そして、神の民が人々が大患難を生き残るように努力を払っているのを見て、神の民に感謝してエホバを崇拝することになるのでしょう。


  ですから、偶像や死者は大患難を生き残るのに少しも助けになりません。しかし、エホバ神は大患難の際に、人々を助けて下さいます。ですから、これからも、聖書の預言の研究に励み、より一層聖書全体と調和した聖書預言の解釈になるように努力していきたいと思います。さらに、大患難を数えきれない大群衆が生き残るように、準備をしていかなければならないということが分かります。エホバに助けを祈り求めて努力を払っていきましょう。