エレミヤ31章・新しい契約にあずかるのは誰ですか

「『見よ,日がやって来る』と,エホバはお告げになる,『わたしはイスラエルの家およびユダの家と新しい契約を結ぶ。それは,わたしが彼らの父祖たちの手を取ってエジプトから連れ出した日に彼らと結んだ契約のようなものではない。わたしが彼らの夫としての所有権を持っていたにもかかわらず,彼らはわたしのその契約を破った』と,エホバはお告げになる」(エレミヤ31:31,32)


ある人々は今でも生来のイスラエル人が全体として神の民として神に受け入れらていると考えています。そのため、イスラエル国家を重んじなければならないと考えているかもしれません。エレミヤ31章には、エホバが「イスラエルの家およびユダの家」と「新しい契約」を結ぶことが予告されています。この新しい契約にあずかるのは誰でしょうか。それは生来のイスラエル人でしょうか。聖書を調べてみましょう。


新しい契約に取って代わられる契約とは何でしょうか。それは、エホバが「彼らの父祖たちの手をとってエジプトから連れ出した日に彼らと結んだ契約」です。(エレミヤ31:32)すなわちそれは、エホバがエジプトでの奴隷状態から救い出したイスラエル人とシナイ山で結んだモーセの律法契約です。


ヘブライ書の中で、「キリストは新しい契約の仲介者」であると述べられています。(ヘブライ9:15)そして、イエスは、西暦33年ニサンの14日に新しい契約について言及されました。イエスは、ぶどう酒の杯が「わたしの血による新しい契約」を表していると言われました。(ルカ22:20。コリント第一11:25)


新しい契約は、イエスがご自分の血を流すことによって発効し、その契約にあずかる者に罪の許しをもたらします。(エレミヤ31:34)そして、ヘブライ書は、エレミヤ31章に言及し、「新しい契約」と言うことによって、「神は以前のもの(モーセの律法契約)を廃れたものとされました」と述べています。(へブライ8:13)ですから、モーセの律法契約は、イエスを仲介とするより勝った新しい契約の到来とともに終わりました。(ローマ10:4)


では、新しい契約にあずかるのは誰ですか。パウロはコリントに住むクリスチャンに対して、「実際[神]はわたしたちを新しい契約の奉仕者・・・としてじゅうぶんに資格を得させてくださいました。」と述べました。(コリント第二3:6)ですから、パウロとコリントに住んでいたクリスチャンは「新しい契約の奉仕者」であり、新しい契約にあずかっていました。


コリントにいたクリスチャンには、生来のユダヤ人だけでなく、多くの「諸国の人たち」つまり大勢の非ユダヤ人が含まれていました。(使徒18:1,4-6,8)ですから、新しい契約にあずかるのは、あらゆる国籍、民族の人でなるイエスの弟子です。それらのクリスチャンには、キリストの血により罪が許されて天での永遠の相続財産を受けるという見込みが差し伸べられています。(ヘブライ9:15)


生来のイスラエル人は、モーセの律法に違反し、イエスやイエスの弟子たちを殺し、迫害しました。「わたしが彼らの夫としての所有権を持っていたにもかかわらず,彼らはわたしのその契約を破った」と、エレミヤ31章32節で述べられていたとおりです。それで、生来のイスラエル人は、神の民という立場の点では、神から「見捨てられています」。(マタイ23:38)それで、今日の生来のイスラエル人でなるイスラエル共和国が自動的に新しい契約にあずかるのではありません。


今日のイスラエル共和国は国際連合に加盟し、武器をとって戦い諸国家を軍事的に攻撃しており、神への愛や神の御言葉の成就に対する関心という動機で行動しているわけではありません。彼らのうち個々の人々は新しい契約にあずかるクリスチャンになりえますが、今日の生来のイスラエル人が、自動的に新しい契約にあずかるわけではありません。



Gaza, post-Israeli Attack
by Physicians for Human Rights - Israel
イスラエル共和国は諸国家を攻撃しており自動的に新しい契約にあずかることはない



それで、エレミヤ31章の中で、新しい契約にあずかる「イスラエルの家およびユダの家」とは、生来のイスラエル人ではなく、内面のイスラエル人を意味しています。パウロもそのことを次のように述べています。「外面の[ユダヤ人]がユダヤ人ではなく,・・・内面の[ユダヤ人]がユダヤ人なので(す)」(ローマ2:28,29)それで、新しい契約にあずかるのは、ただ生まれつきのユダヤ人ではなく、本当に神を崇拝し、聖書の要求を守り行なう内面のユダヤ人です。新しい契約にあずかるのは、あらゆる国籍、民族からなる天的希望を与えられたイエスの弟子たちです。


しかしながら、付け加えておかなければならないのは、今日新しい契約にあずからないながらも、エホバ神とイエス・キリストの是認を得るクリスチャンがいることです。ゼカリヤは、それらのクリスチャンについて預言しました。「万軍のエホバはこのように言われた。『その日には,諸国のあらゆる言語から来た十人の者が,ユダヤ人である一人の者のすそをとらえ,まさしくとらえてこう言う。「わたしたちはあなた方と共に行きます。神があなた方と共におられることを聞いたからです」』」(ゼカリヤ8:23)ですから、新しい契約にあずかる内面のユダヤ人についてくるあらゆる国籍から成る地的な希望を持つクリスチャンもいることを聖書が示していることを付け加えておきます。


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